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テロリズムFAQ目次

※アル=カーイダによるテロは,別ページに掲載


(画像掲示板より引用)


 【link】

「CNN」◆(2013/05/11) Arrested Texas first-responder had materials to make pipe bomb, court docs say.

「Strategy Page」◆(2013/04/08) INTELLIGENCE: Mutually Beneficial Conversation
 米国,2年前に「アル=シャバブ」指導者を拘束していたことを認める

「VOR」◆(2013/04/21) 「テロリストNo.1」米国から追放(ビデオ)

「VOR」◆(2013/04/26) グアンタナモでのハンスト 拘留者の半分以上が合流

「VOR」◆(2013/04/28) グアンタナモ 収容者の約3分の2がハンガーストライキ


 【質問】
 イスラーム社会はなぜアメリカを忌み嫌うののか?

 【回答】
 現代という時代の象徴がアメリカです.
 現代において,宗教の原理と科学の原理は人の中で深く錯綜しているだけで,まだその次の時代へ突入できないでいます.
 そうした人の中の対立は,数百年前であれば暴力で済んだものが,現代では科学技術の進歩の結果,激烈なテロとなってしまうのです.

 以下,引用.

イスラム社会はなぜアメリカを忌み嫌うのか
 イスラム社会にいる人たちにとって,アメリカは憎むべき国です.
 直接にアメリカを非難する教育も行われていますし,アメリカが世界をおかしくしている理由を,いくらでもイスラム社会の人たちは上げるでしょう.
 これは国家に関係なくいえる傾向で,全世界的なものです.
 この意味の背景を理解しないと,テロの意味は理解することができません.
 タリバン発祥の地にあるイスラム学校にインタビューをしていた番組で,なぜアメリカがイスラム社会から憎まれているかについて,イスラム教の教師は以下のように答えていました.
「アメリカのやり方は,イスラムの教えを破壊し,またキリスト教も破壊してしまう.だからわれわれはアメリカに反対するのだ・・・」
 イスラム教の教師がキリスト教について言及することに不思議な感じを受ける方があるかもしれませんが,イスラム教ではイエスキリストとは預言者の一人です.
 ちょうどキリスト教においてユダヤ教のモーゼなどが預言者であるのと同じように・・・ですから言及することは不思議ではありません.

 また,タリバンの声明には以下のような一節があります.
「世界のイスラム教徒よ,いまこそ利己的なアメリカと戦うのだ」
 タリバンはアメリカの特定の側面を非難しています.
 これらの発言には,十分な背景があります.
 現代において宗教に心の基本を求めたときに直面してしまう,危機感です.
 それは,現代の科学中心の考え方そのものが,宗教的基盤を犯しているという現実からもたらされます.
 この説明は,宗教を忘れてしまった現代の日本人には簡単です.宗教にすがる人を見たときに,あなたはどう感じるでしょうか・・・その感覚の源泉こそ,現代における基本的な発想であり,思考原理なのです.この原理も,健全なものではありません.
これらの事実を別な観点で述べれば,現代文明において宗教は基本的な原理が崩壊する状態に至っているということです.これは20世紀の哲学界で「神は死んだ」と語られたことに近い点があります.
現代という時代の象徴がアメリカです.アメリカこそ,宗教の原理の破壊者の代名詞であり,本質的な敵なのです.そうした追い詰められた行動の際に,宗教者の常か,象徴を敵の中に求めて,アメリカの象徴的な建物,WTCやペンタゴンを狙うに至ったと理解することが順当です.世界の真理を破壊する対象との闘い,それが聖戦(ジハード)であるというのは,順当であり,自分の生命や他の人の生命を賭すことは不思議ではありません.アメリカでの集団テロが象徴を狙ったということは,その被害の規模から考えたとしても,大被害でしたが,間違いはないと思います.なぜならば,アメリカであっても本当に破壊的なテロを行うのであれば,原子力発電所や核兵器サイロに旅客機を特攻させたほうがより効果的だったからです.象徴を撃つ必要からWTCなどを必要につけ狙ったのです.

神が死んだ現代において

昨年に読んで震撼した本がありました.1998年に出版された書籍でKen Wilber(ケンウィルバー)著 : The Marriage of Sense and Soul : Integrating Science and Religion/感覚と魂の契り:科学と宗教の統合(邦題:科学と宗教の統合/春秋社ISBN4-393-36034-6)という本です.当時のゴア副大統領も絶賛したと出版社が宣伝した本です.アメリカは日本よりもこのような分野の教育が進んでいるので,充分にありえる話題ですね,日本じゃ信用できないけど・・・(^^;
 ケン・ウィルバーに私は強く共感するものがあります.彼は20世紀有数の哲学者であるとも言われています.トランスパーソナル(超個)理論の中心的論客であり,心や魂のあり方に対する深い洞察をベースにした思想を展開しています.彼は,進化の構造という大著や本書で,人の社会の基本原理であったもの,神話と宗教,そして基本原理にはなれなかった科学について深い洞察と分析を述べています.
同書邦訳(22ページ/第2章死に至るダンスー現代における科学と宗教の関係)から,以下を引用いたします.
「 いずれにせよ,前近代的世界の科学には宗教を否定する傾向がほとんどなかったので,徹底して科学に対抗する勢力などは必要なかったのだ.しかし,近代が興隆し,宗教はすべて児戯に等しい行為だという近代特有の主張がなされるとともに,多くの原理主義的な宗教(とくにキリスト教とイスラム教)は科学の根本的な事実すら否定し始めたのである.進化などありえない,大地は文字通り六日間で創造された,放射性炭素による年代測定法はペテンだ,などと言い始めたのだ.
 たとえば,イスラム教原理主義者の急進派は,(真に輝かしい文明を築いてきた)イスラム教本来の姿ではなく,霊性全般を脅かし抹殺しようとする近代の企てに対する荒っぽい反動の産物だと指摘されている.
 狂気じみたパニックに陥った原理主義者が,報復テロリストと化したのである.


 これは決してテロリズムを弁護しているわけではない.人間の宗教的心情の多く(決してすべてではない)は実際は幼児的な遺物であり,いつかは捨て去る必要がある,と私は思う.この意味で,ほとんどの原理主義者は認識における成長を拒んでいると言える.しかしこれは,この近代における科学と宗教,真理と意味,論理と神,事実と<スピリット>,証拠と永遠なるものの双方に場所を見出そうとするこの闘いには,激しい感情がまとわりついていることを示している.」
ケンウィルバーは,テロリズムの動機そのものが,宗教が確立した(前時代的な)人間の本質的な存立にかかわる原理を侵食する(近代特有の科学がもたらしている)脅威への反動の産物だと指摘してます.私はこの主張に強く同意します.このような背景こそが,自殺的な,非道なテロを可能としている本当の理由なのです.かつて日本の赤軍派が自滅覚悟でテルアビブ空港で乱射したときがありました.パレスチナの人々は,英雄視はしましたが,自分たちには実行できないと語ったといいます.これは,戦いという観点では自然な発想であり,自滅覚悟の特攻のほうが,特殊な感覚です.このような゜感覚の背景には,宗教的熱狂とそれを後押しする宗教的危機感があります(ここでは赤軍派が信じるマルクス主義や世界同時革命も宗教として分類して説明しています).

以下は読売オンライン10/16が,CNNの放送として報じたものの全文です.
【イスラマバード15日=森太】米CNNテレビが15日報じたところでは,タリバンの案内でアフガニスタンを訪れていた同テレビ記者が,米同時テロの首謀者とされるウサマ・ビンラーディンの軍事組織アル・カーイダの代表と会談した.同代表によると,2日前にビンラーディンの元気な姿を目撃し,この戦争に勝つ自信を見せていたという.ビンラーディンはこれはイスラム教を救う戦いと位置付け,米英はこの戦争を始めたことで膨大な経済的,政治的損失をこうむるだろう,と語った,という.

イスラム教を救うという意味が,ここでの説明でおわかりいただけると思います.

イスラム原理主義者が行っているテロに匹敵する事件は,日本でも発生しています.オーム真理教の地下鉄サリン事件です.日本の検察は,麻原彰晃が様々な自身の偽りの予言を取り繕う経緯として事件の真相を説明しています.しかし,そうした説明はマスコミや一般大衆には理解できても,オーム真理教の信者には役立たないようです.そのような精神的背景も,ここで説明しているような背景があります.私たちが日常使用している考え方の基本,つまりケンウィルバーの言うところの「宗教はすべて児戯に等しい行為だという近代特有の主張」に基づく批判では,信仰するものにはなんら影響を与えることはできません.
このような宗教的な原理を防衛するために過激な傾向を示すものは多く,各種の宗教(キリスト教,イスラム教,仏教etc)における原理者義的主張,もう滅びつつある共産主義(科学的と称する宗教),第二次世界大戦とともに滅びたファシズム,そして現代のエコロジストの主張があります.これらは,突き詰めると説明の難しい,宗教的原理を中核に据えています.そして,同様な狂気を繰り返しています.
このように考えると,もしもイスラム原理主義の過激派が完全に一掃されても,新なテロ組織がこのような温床から生まれてくるでしょう.それは,イスラム教に限るわけではなく,キリスト教かもしれませんし,他の宗教であるかもしれません.
また,本当の戦う相手は,実は特定が困難です.これから行われるテロの背景には,テロ組織と一言で述べるには困難なほど,様々なものが登場してしまうでしょう.それは,あるときは国家,あるときはちゃんとしたテロ組織,あるときは個人となります.文明を守る側としては,象徴的に敵を特定せざる得ませんが,実のところ,本当の敵は人の中の無明の闇なのです.

テロの時代の本質

実は,前出のケンウィルバーの書籍でご紹介したところを読んだとき,深く同意するとともに,背筋が寒くなってしまいました.それは人の心が広く覚醒するまで,世界はテロの恐怖を避けられないからです.
現代において,宗教の原理と科学の原理は人の中で深く錯綜しているだけで,まだその次の時代へ突入できないでいます.そうした人の中の対立は,形になることが避けられません.数百年前であれば暴力で済んだ,そうした状況の表出が現代では科学技術の進歩の結果,激烈なテロとなってしまうのです.
かつて世界に国々が生み出されたときに,国家を成立させる原理として神話が生み出されました.この神話に基本があった時代を神話の時代といいます.そして,神話の力では人を統べれないだけ人が進歩したとき,人の基本は神話から宗教へと移行していきました.その移行を進めていた時代,世界中で様々な抗争が発生しました.国家が宗教を弾圧し,宗教が国家を打ち倒したのです.混乱の時代でした.それと同じようなことが,宗教とその次に来るものの間で起きるようになります.人が抗争無く乗り切ることができてほしいとは思います.そうした時代は,これから到達します.
科学が宗教の替わりになることはできませんが,宗教そのものの原理はすでに人の中心から退きつつあります.そうした状況に対して,宗教を拠り所にする人々のごく一部が激しい抵抗を示しているのが,現代のテロの本質的な背景となっています.これは西洋的(で科学的な)な教育が行われていない地域と重なるため,貧しさ,イスラム教,民族などの問題と混同してしまいますが,混同してはいけない問題です.それこそが,差別と同じです.
しかし,このような背景は,深刻な現代の持つ病的側面を示しているものでもあります.人の中には宗教や神話,そして科学が無くても核になりうるものがあるのですが,それを認識できるかどうかが問われているのが現代なのです.それができない場合の殺伐とした状態,それが現代の日本でわれわれを震撼させる事件の各種から感じられるものの正体です.日本の教育が,現代科学という空っぽの原理に基づいていたため招いた事態について,多くの人が憂慮することは,自然なことといえるでしょう.
現代においてテロを本質的に根絶するためには,ほとんどの人の心のあり方が,科学や宗教の彼方に至る必要があります.この厄介なことを避けられないことは,理性的に考えれば,当たり前のことです.人一人の力で,信じられない惨劇を行えるのが,現代の事実だからです.そうした現代が到達した力にふさわしい人のあり方が,私たちに必要なことは,自明です.
 しかし,そうした時代が21世紀の内に到来するのか心配になるものがあります.

当面は闘うしかない・・・

アメリカやイギリスでは,報道は慎重に行われているように思います.イスラム教,民族,文化を非難しないよう注意を払い,テロとの闘いについて集中して主張しているからです.その背景には,根絶が当面困難なテロのもつ本質的な問題を残したままで行う,次善の策の模索があります.今までの暴力抑止の原理,つまり報復によりテロを思いとどまらせようという試みです.欧米では長い間テロと対峙しており,当初は懐柔的な政策,ゆるい懲罰的報復など様々な方法が試みられました.しかし,当面テロを抑圧する手段としては,力による方法しか有効な手段がありませんでした.そうした手段は,現代の文明の原理に抵触するものとなるでしょう.多くの中にいる一部の人と戦うことは,戦争によって成せるものよりも暴力によって成せるもののほうが実り豊かになるからです.テロにはテロをもって闘うことが大切です.言い換えると,国家が暗殺を励行し,小規模なテロを特定の人々に行う時代を開始する幕開けとなります.これを将来において「暗黒の時代」と記すときが人類史にあるでしょう・・・.テロの時代を超えるとき,それは人が宗教と科学,国家と思想,民族と地域,憎悪と愛を超えるときでしょう.

http://www.calvadoshof.com/Advocate/20011014.html

 長い引用になってしまいましたが,どの部分も重要であるので,このようにしました.
 同様の指摘は,他にもあります.
 以下引用.

 では,なぜ今,世界各地で原理主義や宗教ナショナリズムが台頭し,政治と合体していくような現象が起きているのか.
 その発生のメカニズムの中核にあるのは何なのか.

 それは,今の我々の社会が非常に大きな変化の中にあり,いわゆるグローバリゼーションによって何百年,何千年と営々と築かれてきた地縁社会や血縁社会が破壊されていることが根源にあると考えられる.
 家族の単位も,親類縁者を含む大家族から核家族へ移り,今は,核家族さえ崩壊の危機にある.
 インドなどアジアの開発途上国では急激な都市化が進み,農村では食えなくなった人々が都市へ流入し,スラムを形成している.
 今まで心の安住する場所としてあった家族や地域社会が解体して行く中で,個人は一人で社会に放り出されたような喪失感を感じ,一種のアイデンティティ不安に陥る.

 そういった状況にある人々に解答や救いを与えてくれるのは,唯一,宗教である.
 彼らの中には,近代化,すなわちグローバリゼーションへの強い反発や怒りがあり,それを受けとめるのが原理主義や宗教ナショナリズムなのだ.
 そして,宗教を通じて過剰なほどの社会的連帯が作り出され,その求心力を政治が利用しているという構造である.
 〔略〕

小川忠=国際交流基金企画評価課長 in 『SAPIO』 2005/3/23号,p.33

 上記引用は,その前の文章を読むと,90年代のシカゴ大学のシンポジウム等をソースとしている模様.
 単なる「元ソースが同じ」ということではなさそうです.
(ただし,シンポジウムでウェーバーが典拠とされた可能性はある)
 このように複数の専門家の見解が一致する以上,信頼性は高いと愚考する.

 余談だが,以下のような卓見を述べる者もいる. 

 イスラエルの企業家で学者でもあるヨアブは,こう分析した.
「結局,これは宗教戦争でも経済戦争でもありません.『真実』の戦争なのです.
 問題は,己の信じる真実以外全て真実ではないと思い込む事によって始まっています.
 人の数だけ神と真実があるという事,そして,人間はお金や物質だけでは幸せになれないという事,たった2点だけ理解できれば,地球上から戦争はなくなるのですが……」

大高未貴「神々の戦争」,2001/12/20,P.36



 【珍説】
 臼杵は,「ムスリムによる異議申し立てがきっかけ」で,この紛争〔世界各地で頻発する宗教・宗派紛争〕が起こったと述べている.
 だが彼は,それに先行する80年代までの米ソ対立とそれが,どのように関連しているのかを示していない.
 その紛争を助長したのは,同じくグローバリゼーションの推進者(帝国主義)と地域反動勢力である.
 これはアフガニスタン反革命側の情報グローバリゼーションを振り返れば明かである.

(佐々木辰夫著「アフガニスタン四月革命」,スペース伽耶,2005/10/15,p.173)

 【事実】
 アフ【ガ】ーンのムジャヒッディーンのことを「反革命」だの「情報グローバリゼーション」だのと言っているのは,2006年2月現在で300冊以上出ているアフ【ガ】ーン関係書籍の中でも,佐々木ただ独りぐらいのもので,論拠とはとうていなりえません.
 したがって「明らか」でも何でもありません.

 宗教紛争(に見えるもの)が各地で頻発するようになった理由は上述の通りです.
 臼杵がどのような根拠でそれを述べているかも明らかにされていない以上,臼杵の主張の妥当性を推し量ることすらできません.
 それを明らかにしないまま,「米ソ対立と関連している」(笑)と言われましても…….



 【珍説】
 〔略〕
 大学でそんなレポートを出したら成績評価は「不可」になるでしょう.
 明らかに消印所沢という人はパレスチナを含む中東問題をチャート式に学んでいませんね.
 自分の思い込みに一致する情報をネットとかで拾い集めただけでしょう.

 イスラム社会やテロリストの心理にはそういう面があるかも知れませんが,あくまで一面に過ぎません.
 嫌米感情の源泉は何であるか,最大の原因は何であるか,またテロリストを支えるバックグラウンドは何かを学ぶべきです.

 まず理解すべきはパレスチナ問題.
 1920年ウィンストン・チャーチルがパレスチナにおけるユダヤ人国家支持を表明し,そして今日のイスラエル国防軍の基礎となったハガナー(ユダヤ防衛組織)が創設されます.
 それに反発したアラブ人過激派は反シオニズムのテロを開始します.
 これがパレスチナ問題の始まりで一世紀近く経った今日まで続いています.

 そのパレスチナ問題において,アメリカが露骨にイスラエルに肩入れしているのが嫌米感情の源泉です.

 アメリカはイスラエルに2001年からの5年間で168億ドルの軍事支援を直接,間接に行っています.
 2007年から10年で300億ドルの軍事支援を行う予定となっています.
 またイスラエルに対する国連安保理決議案が提出されるたび,アメリカは拒否権を行使してきました.
(対イスラエル非難決議に対して2008年6月の段階で37回)

 またパレスチナ問題以外にも理由はあります.アメリカのエゴ丸出しの中東への介入です.

 1950年代のイランの石油国有化政策に対して米CIAがモサデク政権を転覆してパーレビ王朝をでっちあげます.
 しかし脱イスラーム化と世俗主義に反発が生じ,それが78年からのイラン革命を惹起します.
 1980年から始まるイラン・イラク戦争では反米の急先鋒になったイランに対抗してイラクを支援します.
(アメリカ自身がフセイン大統領を育てたわけです)
 同時期のソ連のアフガン侵攻では反共政策に加えてパイプライン利権があった為,アラブ義勇兵らを支援.
(アメリカ自身がビンラディンらを育てたわけです)
 アフガンからソ連が撤退したら,復興支援もせず放置したためアフガンは混乱.
 そのためタリバンが台頭します.
(アメリカ自身が結果的にタリバン政権を作ったのかも?)

 それ以外としては周知の通り湾岸戦争,対テロ戦争(アメリカのアフガン侵攻),イラク戦争があります.
 多くのイスラム教徒がアメリカを嫌うのは当然ですね.

 宮台真司は「石油利権の亡者が正義面して介入してくることが,嫌米感情の出発点」と述べています.
 2008年の英BBCの調査「世界に良い影響を与えている国」で,日本が3年連続1位になったというニュースが話題になりましたが,その調査では近年のアメリカは常に最下位を争っています.
 イスラム世界に嫌米感情が蔓延するのは必然であり,その嫌米感情がテロリストの活動を支える土壌なのです.

埼玉の漫才師 in 新新FAQ
(FAQ BBSに転載された)

 【事実】
 その程度の背景なら,Wikiでも出てきますよ.
 しかもところどころ変……
 結局のところ,「嫌米感情の源泉」「最大の原因」は何であるか?という問いに対し,名無し元帥氏は,最下4行を除けば,氏の憶測のみで答えているように見受けられます.

 該当項目では,ソースを明示してます.
さらに複数の情報でクロスチェックもしてます.

 これに異議を唱えるのであれば,名無し元帥氏の推測を裏付けるソースか何かが必要だと思います.
 FAQのもの以上に信頼性のおけるソースです.
 たとえば現地人の意見や専門家の意見だといった類の.
 「大学なら『不可』」とか,『チャート式で学んでいない』とか,『思い込み』とか書く前に,その辺のところ,何とかなりませんか?

極東の(以下略

 さて,反論.
 それは使い古された【珍説】です.

>大学でレポート〜〜
などと申される割には,大学生レベルの知識が欠如しているように思われます.
(まあ,大学教授の中にもトンデモはいくらでもおりますが)

 まずパレスチナ問題ですが,これがイスラーム過激原理主義とは必ずしも結びつくものではありません.
 そのことはビン・ラーディンが長年パレスチナ問題に関心を持たなかったこと(保坂修司が『正体』において指摘しているように,ビン・ラーディンの説法には殆どパレスチナ問題は登場してこなかった)
 パレスチナ問題に同情を寄せるアラブ人は多数派だろうが,過激原理主義に対する支持は1%未満であること,
 第3に,パレスチナ周辺でアルカーイダの活動が活発になったのは,2006年頃(ネクロポンテ米国情報長官が同年,レバノン進出に懸念を表明している)ですが,彼らはパレスチナ自治政府を裏切り者呼ばわりし,2006年9月には自治政府高官らがアルカーイダ系組織によって殺害されています.
 第4に,パレスチナ問題を持ってイスラーム過激原理主義の要因だとするならば,彼らのシーア派への迫害を説明することができません.

 第5に,現実に存在した/存在しているイスラーム過激原理主義政権は,ターリバーン政権とスーダン・バシール政権ですが,彼らがやっている/やっていたことを見ますと,欧米への敵視以上に国内での異分子弾圧に熱心です.
 ダルフール紛争の虐殺などは国際問題にもなっています.
 彼らに,パレスチナ問題へコミッションしようなどという態度は,微塵も見ることはできません.

 そもそもイスラーム過激原理主義は,パレスチナ問題に代表される民族主義を真っ向から否定する性格のものです.
 イスラーム過激原理主義の主張を極めて大雑把に要約すると,預言者ムハンマドの時代のウンマ(イスラーム共同体)に立ち返ろうというものであり,中東各国(および何%かでもムスリム/ムスリマが在住する国々)は全て国境を取っ払い,これに参加しなければならない,というものです.
 これがどうやったらパレスチナ民族主義と相容れることになるのか,その点をきちんと説明していただきたいものですな.

 以上,当方が列記したような事実をまるで把握していない,貴氏のレスこそ
>自分の思い込みに一致する情報をネットとかで拾い集めただけ
なのではありませんかね.

消印所沢

>イスラエルに対する国連安保理決議案が提出されるたび,アメリカは拒否権

 「赤旗」チックでナイスですね(笑)
 これには理由があるんですよ.
 以下を見てもらえると分かりますが
http://en.wikipedia.org/wiki/Israel_and_the_United_Nations#Comparison_with_other_conflicts

 安保理とは逆に,国連総会ではパレスチナ問題でイスラエル非難決議が連発されていて,他の紛争と比較しても異常に数が多いのです.
 その中には明らかに差別的・問題ありなものも多く,たとえば「シオニズムは人種差別主義」と決め付けた悪名高い決議3379号(1975年)ですね.
 これは16年後に撤回されたのですが,国連事務総長(当時)のコフィ・アナンもこの総会決議の間違いを認めざるを得ず,撤回されてよかったと後に述懐しています.
 だから,イスラエルを非難する際にはあわせてパレスチナ自爆テロも非難する必要があるのと,反イスラエル一色の総会とのバランスを取るために,米国はせめて安保理では拒否権を発動しているわけです.(ネグロポンテ・ドクトリン)
http://en.wikipedia.org/wiki/Negroponte_doctrine

>アラブ義勇兵らを支援...アメリカ自身がビンラディンらを育てた

 CIAがアフガン現地のムジャヒディンを支援したことに関してはアフガンFAQでも取り上げられています.
 しかし,ビンラディンを含むアラブ義勇兵まで支援したという主張はどうやら嘘みたいです.
 そういう難癖が存在しているのは確かですが....
http://en.wikipedia.org/wiki/Allegations_of_CIA_assistance_to_Osama_bin_Laden
 ここに詳しく書いてありますけど,CIAがアラブ義勇兵を支援したというのは合理的ではないとのこと.数が圧倒的に少ない(アフガン・ムジャヒディンが25万人に対してアラブ人はせいぜい2,000人),パキスタン政府がCIA要員が現地入りすることを許さなかった,アラブ義勇兵は(ビンラディンが特にそうですが)もともと金持ってる,などなど....

 それでビンラディンから直接話を聞いた人たちは一律,米国の関与を否定しています.
 たとえばアイマン・アル・ザワヒリ(アルカイダの指導者no.2)はその著作の中で,
「ソ連の崩壊は(中略)神とアフガン・ムジャヒディンのおかげである
 (中略)
 米国は特筆すべき役割を果たさなかった
 (中略)
 (しかしソ連の)崩壊は,米国をさらに横柄で傲慢な国にした」
と,ビンラディンが発言したと書いています.

 さらに,ビンラディンとの初テレビ会見に成功したCNNのピーター・バーゲンは,CIAがビンラディンを育てたというのは都市伝説に過ぎないと断言しています.

>宮台真司と2008年の英BBCの調査

 イスラム過激派が反米テロに走るのはなぜかを考える上で,日本の「左翼」や世界の人々が米国をどう思っているかは,あまり関係がないと思うのですが....

>湾岸戦争,対テロ戦争(アメリカのアフガン侵攻),イラク戦争

 これが一番問題な書き方じゃないかなあ.
 湾岸戦争では穏健派と呼ばれる湾岸アラブ諸国,対テロ戦争ではパキスタン,といったイスラム諸国が米国に協力している事実はスルーですか?
 こういった事実や所沢さんが指摘したような事実は,「イスラム世界の嫌米感情」だけでは説明できんでしょう?
 まあ,だからこういう単純なものの見方は結局
「イスラム社会やテロリストの心理にはそういう面があるかも知れませんが,あくまで一面に過ぎません. 」
というだけではなかろうかと.

バグってハニー

>アメリカの中東介入問題.

 これはすでにバグってハニー氏が反論しておられますが,その反論に漏れている部分を.

 まず第1に,エゴ丸出しで中東へ介入しているのはアメリカのみではありませんが,ムアタッシビーン(イスラーム過激原理主義者)のそれらの国々への陰謀論じみた過度の攻撃性は,アメリカへのそれに比べれば皆無に近いものがあります.

 ロシアは湾岸戦争において同盟国イラクを見捨てましたし,クルド人やイラン国境でたびたびちょっかいをかけ,ソ連時代から国内のムスリムをも迫害していますが,ロシアへのテロに熱心なのはチェチェンのワッハーブ派であって,ムアタッシビーンではありません.
 フランスなどはスエズ戦争を起こし,またイスラエルに原子炉技術を提供するなどしていますが,大きなテロは起きてはいません.
 せいぜいスカーフ論争で,ちょっと脅された,そんな程度です.

(本論からは外れますが,そもそも国家はどこも国益というエゴを第一にして行動しているものであり,アメリカにエゴ以外の行動規範を要求するのは,アメリカに対する甘えでしかありません.
 小林よしのりもそうですが,反米論者が一番アメリカに甘えているという傾向は,非常に興味深いものがあります)

 珍説者の論は,その点でも矛盾しています.

消印所沢

以上,2nd FAQ BBSより

>「ソ連撤退後のアフ【ガ】ーンをアメリカが見捨てた」論

 別項参照.
 あなたの言いぐさは,まるでターリバーンのシンパ,中村医師の受け売りですな.

 そもそも,他方でアメリカの介入を非難しておきながら,もう他方では,アメリカに復興のため介入せよという.
 典型的なダブル・スタンダードです.
 上述のようにアメリカに対する甘え以外の何物でもありません.

>アメリカ自身がフセイン大統領を育てた

 これも別項参照.⇒別項1別項2
 大した支援ではありません.
 したがって「アメリカがサダム・フセインを育てた」というのは,事実を大げさに言いたてるたぐいのミスリードです.
 『戦争中毒』でも真に受けたのですかな?(笑)

 以上の理由により,「ポストが赤いのもアメリカのせい」式の珍説は,完全に破綻しています.

消印所沢


 【質問】
 アメリカ社会にイスラーム過激派が浸透したのは,いつ頃からか?

 【回答】
 アフ【ガ】ーニスタンからソ連軍が撤退した1989年頃には,ブルックリンのアル・キファハ難民センター(通称,ジハード事務所)と,ジャージーシティのアル・サラーム・モスクを拠点とするイスラーム過激派細胞のネットワークが,ニューヨーク地区に確立され,そこからアラブ系移民の多いデトロイト,ダラス,ロサンゼルス,カナダのトロントへと人脈が広がっていった.

 アメリカにはそれまでも,マルコムXの流れを組む黒人系イスラーム組織「ネーション・オブ・イスラーム」や,パキスタン軍統合情報局が黒幕の「アル・フクラ」(貧しき者,の意味)という組織があった.
 しかし前者は黒人解放運動に連動しており,後者は攻撃目標をヒンズー教徒に設定,つまり,インド=パキスタン紛争の代理人としての役割に徹したため,イスラーム運動としては大きく発展しなかった.

 ニューヨーク,ブルックリン地区に「アル・キファハ難民センター」が設立されたのは,1980年代中頃だった.
 創設者はエジプト人導師のムスタファ・シャラビだったが,シャラビを派遣したのはムスリム同胞団幹部で,ペシャワールでアラブ人アフ【ガ】ーン義勇兵の組織化工作を指揮していたアブドラ・アザムだった.
 同センターは80年代後半,数百人の義勇兵をアフ【ガ】ーンに派遣した上,帰還兵受け入れにも尽力した.
 彼らのコネクションを足掛かりにし,同時期,アフ【ガ】ーンのベテラン兵士が続々と合流してきた.

 ニューヨーク地区に集結した元イスラーム戦士達は,隣接するニュージャージー州ジャージーシティのアラブ人地区(通称,リトル・エジプト)のアパートに暮らすようになり,周囲のイスラーム系難民達に精神的影響を与えるようになった.
 彼らが集ったのが,リトル・エジプトの雑居ビル内にひっそり設置された簡易モスク「アル・サラーム・モスク」.
 同モスクは,創設者ガウリー導師が,86年にイスラエル国内の過激派にプラスティック爆弾を送ろうとして逮捕されるなど,元々イスラーム過激派の牙城として知られていた.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.110-111,抜粋要約)


 【質問】
 オマル・アブドルラーマンとは?

 【回答】
 エジプト「イスラーム集団」の精神的指導者.

 1940年,エジプト・ファイユーム生まれ.幼少期に失明.
 イスラーム過激原理主義勢力の強いアシュートで過激導師として活動し,「イスラーム集団」指導者となる.
 81年10月,サダト大統領暗殺に際し,暗殺を正当化する「ファトワ」を発布した容疑で逮捕され,激しい拷問を受けたとされるが,85年に無罪となって釈放.
 86年に別件で短期間投獄された後に出国.

 その後,サウディアラビア,スーダン,パキスタンなどを転々としながら,各地の支持者に,異教徒の侵略者(イスラエル,ソ連など)や世俗政権(特にエジプト)に対する聖戦を呼びかけた.
 また,アラブ人義勇兵をアフ【ガ】ーニスタンの戦場に送る運動でも,大きな役割を果たした.
 グルブディン・ヘクマチァールとは70年代末にサウディで知り合っている.

 90年4月,公式にエジプトから追放処分を受け,スーダン経由で同年7月にアメリカ・ニュージャージーに移住.
 「危険人物」として当時,既に有名だった彼が,何故すんなりアメリカ入国を果たせたのか?ということが,後に取り沙汰されたが,
「氏名の英語表記を微妙に変えて入国ビザを申請したら,スーダンのアメリカ大使館員が気付かずに発行してしまった」
という説と,
「アフ【ガ】ーン工作で同志だったCIAが,便宜を図った」
という説がある.

 アメリカ移住後,ジャージーシティのアル・サラーム・モスクを拠点に,エジプト政権批判運動を展開.
 そのときアブドルラーマンの側近の1人となったのが,サイード・ノサイルである.アル・キファハ難民センターの顔役でもあった彼は,同年,ユダヤ極右組織「カハ」創設者,メイア・カハネを,滞在先のニューヨークのホテルで暗殺したとされている.ただし,アブドルラーマンの直接の指示があったわけではない.

 アブドルラーマンは,さっそくイスラーム組織の金銭問題を巡り,アル・キファハ難民センター所長ムスタファ・シャラビと対立.シャラビは91年3月に暗殺される.
 犯人は不明だが,後任所長アブドゥ・ワリ・ジンダニは完全にアブドルラーマンの影響下に落ちたと言われる.
 こうしてイスラーム過激派達はアル・サラーム・モスクに集結,アブドルラーマン信奉者グループを形成していった.
 その数は数百人.中核は,約200人と見られるアフ【ガ】ーン帰還兵達だった.

 アブドルラーマンは「イスラーム集団」のテロを煽動するが,微罪での別件逮捕などはあったものの,直接テロを指令したわけではなく,夫人が米国籍を持っていたため,国外追放などにはならなかった.

 93年,ニューヨーク世界貿易センター・ビル爆破テロに弟子3人が連座.
 同年7月,マンハッタン4ヶ所同時爆破未遂に関与したとして逮捕.
 裁判では結局,テロ計画自体に関与した証拠は出なかったものの,ムバラク・エジプト大統領暗殺教唆などの容疑で有罪となり,終身刑に.
 96年4月,服役中のミズーリ州スプリングフィールド刑務所の中から,「アメリカに報復せよ!」と支持者に呼びかけている.

 アブドルラーマンの説法を録音したカセット・テープは,今でも世界中に出回っており,イスラーム過激原理主義者達の心を熱く揺さぶっているという.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.112-113 & 124-126,抜粋要約)


 【質問】
 カンシ事件とは?

 【回答】
 93年1月,ラングレーのCIA本部前に現れた男が突然,自動小銃を乱射,たまたま居合わせた職員2人を射殺した事件.
 犯行を行ったパキスタン人ミル・アイマル・カンシはそのまま逃亡に成功,国外逃亡中の97年6月にようやく逮捕された.
 アメリカに移送されたカンシは,同年11月に有罪判決が下され,98年1月に死刑が宣告されている.

 カンシの組織的背景は明らかになっていないが,パキスタンのイスラーム過激派に所属していると見られ,アフ【ガ】ーン義勇兵グループとの関係も指摘されている.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.113-114,抜粋要約)


 【質問】
 世界貿易センター・ビル爆破テロ事件とは?

 【回答】
 1993/2/26,マンハッタンの世界貿易センター・ビルの地下2階駐車場に駐車中の車両爆弾が炸裂し,6人が死亡,1000人が負傷した事件.
 事件直後に国外へ逃亡した主犯ラムジ・ユセフは明らかな破壊工作員だが,その黒幕については分かっていない.ビン・ラーデンのグループという説,イラク情報部説,アブドルラーマン信奉者グループ説などがあるが,ユセフはそのどれとも接点があるかもしれない,としか判明していないのである.

 他の共犯者は以下の通り.

●ムハマド・サラメ
 実行犯.西岸ナブルス生まれのパレスチナ系ヨルダン人.
 アラブ人アフ【ガ】ーン義勇兵工作に従事したアブドラ・アザムと旧知と言われる.
 1987年にアメリカに入国し,ニュージャージー州ジャージーシティに居住.職業はタクシー運転手.
 アブドルラーマン信奉者で,アル・サラーム・モスクに出入りしていた.
 同じくアブドルラーマンの信奉者で,ユダヤ過激派指導者メイア・カハネ暗殺犯とされるサイード・ノサイルとは友人関係にある.

●アハマド・アジャジ
 エルサレム生まれのパレスチナ人.元アフ【ガ】ーン義勇兵.
 ユセフと共にアメリカ入国を図るが,偽造旅券を見破られて拘留される.

●ニダル・アヤド
 パレスチナ出身.アメリカ市民権を取得して大学卒業後ニュージャージー州モリスタウンの大手化学工業会社アライド・シグナル社のエンジニアに.
 事件直前,3つの銀行口座にドイツから合計3万ドル弱の入金があった.
 サラメの友人.

●マフムード・アブハリマ
 エジプト人.元アフ【ガ】ーン義勇兵.90年頃にアメリカに入国,タクシー運転手の傍ら,ブルックリンのアル・キファハ難民センター・スタッフとなる.
 アブドルラーマンの秘書的存在でもあり,運転手も務める.
 ユセフに共鳴し,事件の計画に加担.

●ビラル・カイシ
 パレスチナ人.サラメと共同口座を持つ.事件直前,ドイツから8000ドル入金.

●エヤド・イスマイル・ナジム
 ヨルダン人.クウェイトでユセフと知り合い,仲間に.
 89年にダラスへ留学.
 事件5日前,ユセフと合流するため,ニューヨーク入り.

●アブドル・ヤシン
 インディアナ州ブルーミント生まれのアラブ系アメリカ人.
 92年6月,ヨルダンのアメリカ大使館に旅券紛失届けを申請しており,当時,中東に滞在していたことが証明されている.
 イラク情報部工作員説が強い.
 その後,アメリカに帰国し,ジャージーシティのアブドルラーマン人脈に接触.

 また,次の人物も協力者ではないかと目された.

●イブラヒム・ガブロウニ
 ユダヤ過激派メイア・カハネを暗殺したとされるサイード・ノサイルの従兄弟.
 実行犯サラメとアジトを共有.

 事件経過は以下の通り.

 1992年9月,主犯ラムジ・ユセフが,配下のアハマド・アジャジと共にパキスタン航空でパキスタンからケネディ空港に到着.
 アジャジは,スウェーデン人から盗んだパスポートに自分の写真を貼りつけていたが,イミグレーションですぐに見破られる.
 彼の荷物からは爆弾製造マニュアルやアブドルラーマンの説教テープなどが発見され,拘留された.
 ユセフも当初は,アリゾナ州イスラミック・センター発行の偽造身分証を提示したが,見破られた.
 そこでイラク旅券を提示,反体制イラク人として政治亡命を申請したところ,あっさり入国を認められた.

 ユセフは,ジャージーシティのアラブ人社会に「イラク人のラシード」という名で潜入,アブドルラーマン信奉者グループに接触する.
 そこでサラメ,アブハリマ,アヤドと出会う.

 10月,ユセフはサラメと合同で,ジャージーシティにアパートを借りる.
 ユセフが発案,アブハリマが協力して爆弾テロ計画を練る.
 爆弾の材料となる薬品は,ユセフがイスラエル在住アラブ人と自称し,肥料店から購入.

 翌93年1月,サラメがジャージーシティにガレージを借り,爆弾製造所とする.
 2月21日,サラメがジャージーシティのレンタカー会社「ライダー」から,フォード社製の黄色のバン「エコノライン」を借り出す.
 24日,爆弾の威力を高めるための水素ボンベを,アヤドが購入.
 26日,世界貿易センター・ビル爆破.実行犯はユセフ,サラメ,ナジム.
 事件当日,ユセフはアメリカから出国し,カラチへ.ユセフはこのために,予めアブドル・バシット・バローチ(イラク占領下のクウェイトで殺害されたパキスタン人)名でニューヨークのパキスタン領事館から新旅券を入手しており,13日前に既にカラチ行きチケットを予約していた.
 同じように,その日の内にナジムも出国している.

 爆発したレンタカーが特定され,そこから借主をFBIは追跡.
 3月4日,サラメ逮捕.アジトを捜索し,爆弾材料などを押収した.
 同日,ヤシンも逮捕.彼は自らFBIに協力を申し出て,隠しアジトに捜査員を案内.その後の協力を誓い,いったん釈放される.
 しかし翌5日にはこっそり出国し,ヨルダンへ.その後,イラクへ逃げ込んでいたことが確認されている.
 アブハリマは逮捕を逃れ,妻子を連れて出国.サウジ経由でエジプトに向かった.
 5日,サラメのアジトの一つであるブルックリンのアパートをFBIを急襲し,居合せたガブロウニを逮捕.拳銃1丁,ノサイル名義のニカラグア偽造旅券を押収する.
 10日,アジト近くの公衆電話からサラメがコンタクトしていた相手として,アヤドが逮捕される.
 18日,弟子が連座したことでメディアの取材攻勢に晒されたオマル・アブドルラーマンが会見し,事件との関係を否定.
 24日,アブハリマ,逃亡先のエジプトで逮捕.

 同93年9月,国外逃亡中の主犯ユセフ,ナジム,ヤシンおよび司法取引により不起訴となったカイシを除く,実行犯の裁判が始められた.
 94年3月,サラメ,アヤド,アブハリマ,アジャジに有罪判決.それぞれ禁固240年の量刑だった.
 97年5月には,アブハリマの兄弟ムハマド・アブハリマが犯人逃亡幇助で有罪となり,禁固15年を宣告されている.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.114-119,抜粋要約)


 【質問】
 マンハッタン同時爆破未遂事件とは?

 【回答】
 1993/5/7,サディク・アリを中心とするグループ(FBIは「ベータ細胞」と命名)が国連ビル爆破計画を決定.
 アリはスーダン人で,元アフ【ガ】ーン義勇兵.アブドルラーマンの通訳を務めた.世界貿易センター・ビル爆破実行犯のマフムード・アブハリマとは,1988-90年にアフ【ガ】ーンで戦友だった.

 19日,アリはイマド・サレムに資金を渡し,クイーンズの安アパートを借りるよう依頼.
 サレムは元エジプト軍情報部下級将校.
 87年にアメリカに入国してホテル労働者となるが,その後,子供を入国させるために入国帰化局と取引し,不法入国者情報を流すことから密告者生活を開始.
 91年11月にはFBIのスパイとなる.「カハ」指導者メイア・カハネ暗殺事件の容疑者だったサイード・ノサイルの裁判のときからだ.
 この時サレムは,ノサイルの従兄弟のイブラヒム・ガブロウニに接触,判事誘拐を提案して拒否されている.

 このように,サレムのスパイ活動は基本的に囮捜査,しかも相手に犯罪を持ちかけて誘導し,現場を押さえるFBI方式だった.
 そのため,今回もアリに接触し,巧妙にテロ計画を誘導したという印象は否めない.

 FBIは,サレムの借りたアパートに隠しカメラを設置.
 アリは,サレムを共犯予定者達に紹介する.
●クレメント・ハンプトンエル:過激原理主義者組織「アル・フクラ」に所属する黒人ムスリム.元アフ【ガ】ーン義勇兵.起爆装置製作担当
●ビクトル・アルバレス:プエルトリコ人
●タリク・エルハッサン:スーダン人
●ファデル・アブドルガニ:スーダン人.爆薬調合担当.
●アミル・アブドルガニ:スーダン人.:ファデルの従兄弟.
●ファデル・カラファッラー:スーダン人
●ムハマド・サレフ:パレスチナ系ヨルダン人.ガソリン・スタンド所有者.爆弾のための軽油を提供.

 アリは,テロ決行日を7月4日の独立記念日に,爆破目標を国連ビルと連邦政府合同庁舎に設定.
 同時に,暗殺目標として
ガリ国連事務総長,
ムバラク・エジプト大統領,
アルフォンソ・ダマト上院議員:共和党.ユダヤ・ロビーとして,イラン・リビア制裁強化法案発起人
ドブ・ハイキンド・ニューヨーク州議会議員
の4人を決定.
 その後,マンハッタンの出入り口に当たる2つのトンネル,リンカーン・トンネルとオランダ・トンネルを,騒動を大きくするために爆破目標に追加.

 それから,アリ達は,爆薬の原料となる化学肥料をニューヨークで購入したり,コネチカット州で小さな爆破実験を行ったりと準備を進めたが,6月23日にサレフが所有するガソリン・スタンドから軽油を運び込んだ時点で,FBIはグループ摘発を決定.
 翌24日,FBIはアジトを急襲,芋蔓指揮に逮捕すると共に,アブドルラーマンとその側近数名も逮捕した.

 この事件あるいは関連事件に連座して起訴されたのは,以下の通り.量刑は96年1月の連邦地裁判決である.
 なお,主犯のサディク・アリは司法取引――アブドルラーマンのムバラク暗殺教唆を証言――で不起訴となった.

●オマル・アブドルラーマン:マンハッタン同時爆破未遂での教唆は無罪となったが,エジプトのムバラク大統領暗殺未遂などで終身刑
●サイード・ノサイル:エジプト人.アル・キファハ難民センターの顔役で,アブドルラーマン側近.ユダヤ過激派メイア・カハネ暗殺容疑で91年,逮捕.いったん無罪となった――拳銃不法所持のみ有罪――が,逆転有罪で終身刑.
●イブラヒム・ガブロウニ:ノサイルの従兄弟でアブドルラーマン側近.世界貿易センタービル爆破テロにも関与したとして,禁固57年.
●ムハマド・サレフ:禁固35年.
●クレメント・ハンプトンエル:禁固35年.
●ビクトル・アルバレス:禁固35年.
●タリク・エルハッサン:禁固35年.
●ファデル・アブドルガニ:禁固25年.
●アミル・アブドルガニ:禁固30年.
●ファデル・カラファッラー:禁固30年.

 なお,アリのスーダン人グループの背後には,スーダン情報部が暗躍していた可能性が高い.
 96年4月,アメリカ当局は,
「国連ビル爆破の手引きを準備していた」
として,スーダン国連代表部2等書記官1人に国外退去,また,5月にもスーダン大使館員1人に国外退去を命じている.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.120-124,抜粋要約)


 【質問】
 「アル・ハヤト」手紙爆弾事件とは?

 【回答】
 ワシントンにあるナショナル・プレス・クラブ内のアラビア語紙「アル・ハヤト」支局宛などの手紙爆弾が発見され,未遂に終わった事件.

 1997/1/2,クリスマス・カード,本,雑誌に偽装した手紙爆弾7通が,ワシントンと,カンザス州のフォート・リーベンワース連邦刑務所で発見された.
 内,4通はアル・ハヤト支局宛て,1通は(宛先は公表されていないが)ワシントンの郵便局内で,2通がフォート・リーベンワース刑務所仮出所審査官宛てだった.同刑務所は,世界貿易センター・ビル爆破実行犯ムハマド・サラメが収監されている刑務所である.
 いずれもセキュリティ段階で発見され,処理された.

 捜査の結果,どれも前年12月21日に,エジプトのアレキサンドリアからの投函と判明.
 1月13日には,アル・ハヤト紙ロンドン本社に手紙爆弾4通が郵送され,内1通が爆発して2人が負傷している.
 いずれも,アブドルラーマンを信奉する「イスラーム集団」の犯行の可能性が高い.
 ちなみにアル・ハヤトは,「イスラーム集団」批判の論陣で知られている.

 1997/7/31未明,ブルックリンのイスラーム過激派のアジトをニューヨーク市警SWATチームが急襲.
 銃撃戦の末,共にヨルダン川西岸出身のパレスチナ系ヨルダン人で「ハマス」メンバーだったガジ・メゼルとラフィ・ハリルを逮捕し,完成間近だったパイプ爆弾5発を押収.
 彼らは既に7月29日に国務省宛ての脅迫状を投函しており,8月1日にそれは届いた.それは,
「世界貿易センター・ビル爆破事件などで投獄されているユセフとイスマイル,ムバラク暗殺教唆の罪で投獄中のアブドルラーマン,それにイスラエルで投獄中のハマス指導者アハマド・ヤシンの釈放」
を要求し,ニューヨーク地下鉄での自爆テロを予告していた.

 ハマスは関与を否定している.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.132-133,抜粋要約)


 【質問】
 ダーラン事件とは?

 【回答】
 1996年6月,ダーラン郊外のキング・アブドルアジズ空軍基地内で,米空軍兵舎に使われていた通称「フバル・タワー」が,タンク・ローリー爆弾によるテロで吹き飛ばされ,米兵19人が殺害された事件.
 「殉教者アブドラ・フダイフ部隊」「湾岸ヒズボラ」名で犯行声明が出された.

 この事件は,爆弾のタイプがイラン=ヒズボラ系テロリストの使うタイプに似ていたこと,事件直後,不審なイラン系サウディ人3人がイランへ渡ったらしいという曖昧な情報程度しか得られず,事実上,迷宮入りしている.

 97年3月,カナダ政府は,爆発したタンク・ローリーを先導した車両を運転していた人物との疑いがあったイラン在住サウディ人ハニ・サエフを逮捕し,6月にはアメリカへ移送.
 アメリカは,サエフをイラン情報部工作員の「サウディ・ヒズボラ」メンバーと見て取り調べたが,証拠不充分で不起訴となった.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.176-177,抜粋要約)


 【質問】
 アーメド・オマール・サイード・シェイクとは?

 【回答】
ロンドン生まれ
1994年 誘拐事件で逮捕され禁固刑
1999年 インド航空ハイジャック事件で,人質の代わりに解放される.
2002年 米国ジャーナリスト,ダニエル・パール誘拐殺害事件で逮捕され,死刑判決.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/1804710.stm

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 2005/1/5にクウェートで発生した軍と武装勢力との銃撃戦は,どんなものだったか?

 【回答】
 米軍を狙った武装勢力の攻撃と考えられている.
 クウェイト軍内部にイスラーム過激勢力が潜入している疑いがある.

 攻撃は「連合軍の一員,おそらく米軍を狙ったものと見られる.連合軍の中で最大の規模を誇るのは米軍だからだ」と,クウェート防衛大臣シェイク・ジャバル・アル・ムバラク・アル・サバーハは発表した.

 首長国クウェート国内に駐屯している米軍兵士の数はおよそ2万5000人だ.サウジアラビアのジッダでアメリカ領事館が襲撃されて以来,米国は海外の米国民に警戒を怠らないよう勧告していた.
 クウェート政府当局は,大きな隣国(訳註:サウジアラビア)内部の暴力事件が国境を越えて飛び火するのではないかと危惧.クウェート軍と警察は緊急警戒態勢を布いていた.

 クウェート国内ではすでに,米軍に対する散発的な攻撃が発生していた.
 その一番最近のものは一年前に遡る.その時は乗っていた車両に発砲されて2名の米兵が軽傷を負った.

 しかしクウェート軍現役の士官が関与していたのは初めてのことだ.
 月曜日に発表された逮捕は,参謀本部によれば既に先週実行されていた.8人の士官に加え,数人の外国人民間人が逮捕されたと参謀本部は発表した.
 現在も3人が尋問を受けているものと思われる.
 密謀に加担したとして有罪と認められた士官は軍事法廷に引き渡されると参謀本部の報道官は語った.
 5日,クウェート軍は実際に近日中に2名が軍事裁判にかけられる事を認めた.
 日刊紙アル・シヤサハは,火曜日,容疑者は「イデオロギー的に」アル・カイーダに結びついていたと報じた.
 防衛大臣はこの件に関しては肯定も否定もせず,「捜査の現段階で結論を引き出すのは不可能」だとのみ発言した.

 共謀に加担した者の真の目的は,どうやら先般の暴力事件よりも大きなものらしい.
 アル・シヤサハ紙によれば,逮捕された軍人の自宅でクウェートの米軍基地の地図が押収された.
 別の日刊紙,アル・ライ・アル・ラムは,武装グループは1月21日周辺に行われるイスラム教徒の祭,アイド・アル・アドハの期間中にアメリカの軍事施設を攻撃する計画を立てていたと断言した.
 同紙は情報部筋の証言を引用して,武装グループのメンバーはアフガニスタンとチェチェンで戦った後クウェート軍に帰軍した元軍人であるとしている.

 もしこれらの証言に裏付けがなされれば,湾岸地域におけるスンニ派ジハード主義者の影響力の大きさと,首長制産油国クウェートの脆弱さが明らかになるだろう.
 ウサマ・ビン・ラディンは自分の目標をしばしば明確に語っている.すなわち,この一帯から「遠くからやって来た敵」米国を追い払い,続いて「近くの敵」,すなわち「不敬虔」な産油国の王政を打倒することだ.
 サウジアラビアと同じように,クウェート国民や支配層の一部は急進的なイスラム主義に共感を示している.軍部の内部にまでイスラム過激派が浸透していれば,これらの国々の政府にとっては最悪の事態を意味することになる.

Pierre Prier from ル・フィガロ, 2005/1/6,抜粋要約
同日本語翻訳


 【質問】
 アハメド・オマル・アブアリとは?

 【回答】
 2005/2/22,ブッシュ大統領の暗殺を計画したテロ謀議罪などで,米連邦大陪審によって起訴された,米国籍の23歳(起訴当時)の男.
 起訴状によると,アブアリ被告は02年9月から03年6月までに,共犯者と共にブッシュ大統領暗殺計画を謀議.
 (1)大統領に接近して路上で狙撃
 (2)自動車爆弾を爆破
の2通りの計画を話し合ったとされている.
 また,中枢同時テロ後,国際テロ組織アルカイダに共鳴,アルカイダから資金援助を受けた罪でも訴追されている.
 有罪の場合,アブアリ被告は最高で禁固80年の刑に処せられる.

 なお,同被告の弁護人は同日,バージニア州アレクサンドリアの連邦地裁で開かれた初審理で,
「被告は拷問を受けた」
と主張している.

(日経新聞,2005/2/23)


 【質問】
 カラチ「ケンタッキー・フライド・チキン」テロとは?

 【回答】
 2005/11/15,カラチの「ケンタッキー・フライド・チキン」の店舗外で発生した自動車爆弾テロ事件.6人以上死亡.
 反米テロの一環と見られる.
 以下引用.

米系飲食店で爆発6人死亡 パキスタン南部カラチ

 【イスラマバード15日共同】ロイター通信によると,パキスタン南部カラチの米系ファストフード店「ケンタッキー・フライド・チキン」の店舗外で15日,自動車爆弾が爆発し,救急当局者は少なくとも6人が死亡したと明らかにした.
 南部の中心都市カラチでは,繁華街でたびたびテロや暴動が発生.今年5月にはイスラム教シーア派のモスク(礼拝所)で自爆テロがあり,犯人2人を含む5人が死亡.その後,暴徒化した群衆がケンタッキー・フライド・チキンに放火し店員6人が死亡した.
 また,9月には,住宅地近くのケンタッキー・フライド・チキンと海辺のマクドナルドの2つの米系ファストフード店で爆発があり,3人が負傷した.

共同通信,2005/11/15

反政府組織が犯行声明 パキスタンの爆弾テロ

 【イスラマバード15日共同】パキスタン南部カラチの米系ファストフード店「ケンタッキー・フライド・チキン」前の車爆弾爆発で,同国南西部バルチスタン州で天然資源収入の地元還元を求める反政府組織「バルチ解放軍」を名乗るグループが15日,新聞社などに犯行を認める声明を出した.
 同じビルに事務所を持つ石油公社を狙ったと主張しており,反政府テロの可能性が出てきた.シェルパオ内相は「(同組織の犯行を)排除できない」と語った.
 一方,カラチの警察当局幹部はロイター通信に対し,米国の権益を狙ったテロとの見方を示していた.

共同通信,2005/11/15

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 【質問】
 フォート・ディクス訓練基地を襲撃未遂事件とは?

 【回答】
 2007/5/8,米東部ニュージャージー州の連邦地検によって明かされたところによれば,同州内にある陸軍フォート・ディクス訓練基地を襲撃,米兵の殺害を企てたとして,「イスラーム過激派」の男6人が逮捕された事件.
 連邦捜査局(FBI)などが7日夜,同州チェリーヒルで武器を購入しようとした6人を逮捕したという.
 おとり捜査の自動小銃購入話に引っかかったもの.

 6人のうち4人は旧ユーゴスラビア,1人はヨルダン,もう1人はトルコの出身.
 うち3人は違法滞在者.

 ロイター通信によると,犯行グループは6人から7人の男を同基地に送り,「少なくとも100人の米兵殺害」を計画していたという.
 FBIによると,グループはペンシルベニア州の山中で訓練を行い,デラウェア州の基地も襲撃対象として調査していた.

 動機,国際テロ組織との繋がりなどは不明.

 2006年1月,武器を持った男たちが銃を撃ったり,アラビア語で「神は偉大なり」と叫んだり,聖戦を呼びかけるビデオをDVDにコピーしようとしている人物がいるとの情報が,FBIに寄せられ,3月までに潜入捜査が始まった.

 【参考ページ】
2007年5月9日1時34分,読売新聞(by 貞広貴志)
2007年5月9日16時28分,産経新聞(by 長戸雅子)


 【質問】
 クリスマスツリー点灯式典爆弾テロ未遂事件とは?

 【回答】
 オレゴン州ポートランドのパイオニア・コートハウス・スクエアのクリスマスツリー点灯式に対して計画されていた爆弾テロ.
 当局によれば,ソマリア出身のオレゴン州立大学学生オスマン・モハムド(19)が,26日,FBIの覆面捜査官が渡した偽の自動車爆弾を,点灯式の会場近くの駐車場で携帯電話の遠隔操作によって爆破させようとしたという.
 モハムドはこの捜査官を国際テロ組織につながりがあると信じていた.

 モハムドは数年前からテロ計画を練っていたとみられ,それを察知したFBIが長期にわたる覆面捜査を行い,同容疑者を監視していたという.
 FBIによれば,モハムドは2009年から電子メールで,パキスタン北西部のテロリストグループのメンバーとみられる人物と,定期的に連絡をとりあっていた.
 彼がジハード(聖戦)のためパキスタンへ渡航する可能性などを,暗号を用いて話し合っていたという.

 FBIの覆面捜査官は6月,パキスタンのテロリストグループのメンバーに偽装して彼と接触.
 モハムドは捜査官に,15歳の頃から自爆テロによるジハードを計画していたと述べたとされる.
 その後,容疑者は捜査官に,テロ攻撃の目標をポートランドのクリスマスツリー点灯式が行われる広場だと伝え,手助けを依頼.
 犯行日の26日にも,FBIのおとり捜査官の一人と会ったという.

 覆面警察官はモハムドに対し,爆発物を爆破すれば人々が殺傷される公算が大きいと何度となく伝え,爆破を思いとどまるよう説得もしていたという.

 点灯式の際,モハムドが,付近に停めた自動車に積んだ爆弾を,携帯電話による遠隔操作で爆破しようとしたところ,FBIおよび地元警察が身柄を拘束した.
 爆弾はFBIの覆面捜査官が渡した偽物で,爆発することはなかった.

 【参考ページ】
ウォール・ストリート・ジャーナル,2010年11月29日(月)10時14分
CNN,2010年11月28日(日)9時51分


 【質問】
 Najibullah Zaziとは?

 【回答】
 アフ【ガ】ーン系アメリカ人で,デンバー在住のリムジン運転手(24).
 2009.9.14,FBIは,ニューヨーク滞在中だった彼のコンピューターから,爆弾の作り方を示す説明図が見つかったとした.
 2009.9.16,ニューヨークでのテロを計画していたとして,コロラド州で事情聴取を受けたのち,20昼頃,逮捕さる.
 捜査筋によると,彼への聴取は,ニューヨークの鉄道や地下鉄の駅など雑踏する場所を狙っていたとするテロ謀議と関連しているという.
 FBIはテロの決行時期,具体的な標的などの詳細な情報はつかんでいないが,彼は駅,地下鉄,店舗,レストランのビデオ画像を保持していたという.
 ただ,テロは差し迫った段階にはなかったとの情報もある.
 また,政府高官によれば,事情聴取の中で彼は,アル・カーイダとの関係を認めたという.
 また,彼の父親 Ahmad Wais Afzali も逮捕された.

 一方,9.17の事情聴取に同行した,彼の弁護士は報道陣に対し,
「爆弾の説明図などない.そのような情報は一切見つかっていない」
「テロとの関わりは全くない.ニューヨークではたまたまFBIの監視を受けていた旧友の家に滞在したため,捜査員の注意を引いただけだ」
と述べている.

 【参考ページ】
2009年9月15日15時30分,CNN
2009年9月15日16時25分,ロイター
2009年9月19日15時48分,CNN


◆◆◆◆ボストン・マラソン爆破事件

 【質問】
 ボストン・マラソン爆破事件について教えてください.

 【回答】
 2013.4.15,米マサチューセッツ州ボストンで開催されたボストン・マラソンの,ゴール付近で2回の爆発が発生した事件.
 最初の爆発が起きたのは午後2時45分[2]〜午後2時50分(1850GMT,日本時間16日午前3時50分)[1]頃,または東部時間の午後3時過ぎ[4],コプリー広場で発生.[2]
 まず,ゴール直前の,観客席の設営されている歩道のゴミ箱で,爆発が起き,その約10秒後にランナーにとっては,ゴールより少し手前の別の場所で爆発が起きた.[4]

 犯人2人はナップザックを背負い,「最初の爆発の約11分前」に,マラソンコースのあるボイルストン通りに徒歩で入ってきた.[6]
 兄は爆発の約7分前に雑踏から離れ,マラソンのゴール方向へ.[6]
 その3分後,弟がナップザックを2回目の爆発現場となるレストラン前の路上に置いた.[6]
 弟はその場で携帯電話を耳に近づけて,話すしぐさをし,電話を終えた直後に最初の爆発が起きた.[6]
 人々が爆発に反応する中で,弟はナップザックを放置したまま,足早に爆発現場と反対方向に移動.[6]
 その約10秒後,ナップザックの置かれた場所で第2の爆発が起きた.[6]

 爆発はマラソン開始から約5時間後で,トップランナーはすでにゴールしていたが,まだ走っているランナーもいた.[1]

 近くにいた人々が吹き飛ばされ,建物の窓ガラスが割れた.[2]

 爆発の1,2分前にゴールインした,ニューヨーク州デルマーの放射線科医師ロバート・ラポポートは,50ヤード(45メートル)ほど離れた所でボランティアから水をもらおうとしていた時に,最初の爆発音を背後で聞いた.[3]
 彼は「どかんという大きな爆発音を聞いた」とし,背後を見ると煙がビルの5階ほどの高さまで立ち上っていたと述べた.[3]
 ラポポートは「現場は混乱状態だった」としている.[3]

 ボストン・コンサーバトリー大学のある学生は,ボイルストン通りとマサチューセッツ・アベニューとの交差点にある建物の練習室で,バイオリンの練習をしていたところ,大きな爆発音を2回聞いたとし,屋上に行って見下ろすと,コプリー・スクエアからあらゆる方向に人々が走っているのが見えたと話した.[3]
 この学生は「全くの混乱状態だった」と語った.[3]

 なお,その約1時間後に,ゴール地点から約3マイル(5キロメートル)ほど離れた,市内のジョン・F・ケネディ図書館でも爆発があった[1]が,こちらは事故であり,無関係とのこと.[4]

 爆発直後には「ガス爆発では?」「イベント用の発電機が爆発したのでは?」(いずれもCNN)という見方もあったが,ほぼ同時に2カ所で爆発があったことと,捜査当局が他に2つの爆発物を発見していることから爆弾テロであることはほぼ確実視されている.[4]

 ボストン警察のエド・デービス本部長は記者団に対し,深刻な被害を引き起こした強力な装置があったと述べた.[1]
 また,連邦捜査当局者がCNNに語ったところによると,爆弾は2つとも小型で,初期段階の調査では強力な爆薬は検出されていない.[2]
 ボストン警察責任者は,当局がこのほかに少なくとも1個の爆弾を見つけ,解体処理していると述べた.[2]
 しかしテロ対策当局者によると,ボストン地区近辺でさらに5つの爆発物とみられるものが発見されたが,その後,捜査当局が精査したところ,爆弾ではないとみられている.[3]
 米捜査当局者は16日の記者会見で,現場周辺でさらに2個の爆発物が見つかったとの米メディアの報道について,「ほかに爆弾は発見されなかった」と語った.[5]

 広場近くのホテルからは,念のため滞在客らが退避した.[2]

 同州捜査当局によると,8歳の少年を含む3人が死亡した.[2]
 地元の病院によると,負傷者141人以上が手当てを受け,うち少なくとも17人が重体.[2]
 負傷者の中には子どもが8人以上含まれている.[2]
 捜査状況の説明を受けたテロ専門家は,少なくとも10人が手や脚を切断されたと述べた.[2]
 ボストン市警幹部は16日記者会見し,これまでに176人の負傷が確認され,うち17人が重体だと語った.[5]

 16日午前11時半(日本時間17日午前0時半)現在,犯行声明などは出ていない.[5]
 また,AFPによれば,「パキスタン・タリバン運動(TTP)」は16日,米ボストンでの同時爆弾テロで「米国とその同盟国への攻撃は正当と考えるが,われわれの仕業ではない」と関与を否定する声明を出した.[7]

 治安当局は実行犯について,アル・カーイダに連なるイスラーム過激派や,米連邦政府に反発する民兵組織や右翼過激派といった,様々な可能性があるとみて調べを進めていた[5]が,防犯カメラからチェチェン人兄弟を割り出し,後述のウォータータウン銃撃戦に至った.

 【参考ページ】
[1]ボストン・マラソン爆発で3人死亡,「テロ行為」として捜査(ロイター)16日 - 6時15分
[2]ボストンマラソンで「爆弾テロ」 8歳少年ら3人死亡(CNN.co.jp)16日 - 9時57分
[3]ボストンで爆発,3人死亡―米当局者「明らかにテロ事件」(ウォール・ストリート・ジャーナル)16日 - 10時16分
[0]米ボストンで同時爆弾テロ 2人死亡 負傷者は100人超か(XINHUA.JP)16日 - 12時4分
[0]ボストンマラソン爆破事件〜今後の影響は?(児玉 克哉)16日 - 17時58分
[7]パキスタンのタリバン,関与否定=米ボストン同時爆弾テロ(時事通信)16日 - 18時13分
[4]ボストン・マラソン爆弾テロ,事件当夜のアメリカ(ニューズウィーク日本版)16日 - 19時14分
[5]イスラム過激派?国内右翼?…ボストン爆破テロ(読売新聞)16日 - 21時44分
[6]弟が電話,直後に爆発…防犯カメラで明らかに(読売新聞)23日 - 12時0分

 【関連リンク】
「AP」◆(2013/04/17) MORE: Explosives at Boston Marathon were in pressure cookers inside duffel bags, a person briefed on probe says.
「AP」◆(2013/05/06) Uncle of Boston Marathon bomb suspect arrives at Mass. funeral home for Muslim burial rites
「AP」◆(2013/05/11) Boston Marathon bombing suspect buried in Virginia, upsetting some nearby residents
「BBC」◆(2013/04/17) Who could be behind the #Boston Marathon attack?
「CBS」◆(2013/04/17) New details emerge on bombs used in Boston Marathon attack
「CBS」◆(2013/04/29) Graham: Boston bombing shows intelligence sharing failures
「CBS」◆(2012/10/09) Boston bombing suspect's widow hires prominent criminal attorney cbsn.
「CNN」◆(2013/04/17) Official: 1 #Boston bomb apparently was inside pressure cooker hidden inside backpack
「CNN」◆(2013/05/11) Boston Marathon suspect Tamerlan Tsarnaev buried in Doswell, Virginia, Muslim cemetery.
「Foreign Affairs」◆(2013/05/08) As Islamist regimes benefit from U.S. support, liberals now represent the vanguard of Arab anti-Americanism.
「Foreign Affairs」◆(2013/05/08) Jihadis on Boston: Amateurs “harm the image of Jihad and make it harder for more ambitious attacks in the future.
「Foreign Affairs」◆(2013/05/09) Online jihadis on the Tsarnaev brothers: Meh.
George Takei◆(2013/04/17) Why I feel both profound sadness and great resolve after yesterday's attacks.
「Guardian」◆(2013/04/17) How the Boston Marathon explosions reveal the two sides of Twitter | @SimonNRicketts for @commentisfree
「Irish Post」◆(2013/05/01) History plays a part in understanding Boston bombing
ボストン・マラソン爆弾事件とドロース・プライス
「LA Times」◆(2013/05/10) Report warned that Boston Marathon was vulnerable to terrorist attack
「Naval Surface Forces」◆(2013/04/17) #Navy bomb unit sent to #Boston
「NY Times」◆(2013/05/04) Boston Bomb Suspect Died of Gunshots, Blunt Trauma
「NY Times」◆(2013/05/06) News Analysis: Terrorists Find Online Education for Attacks
「NY Times」◆(2013/05/17) Boston bombing suspect scrawled a note on the boat where he was hiding, shedding light on motive: officials
「RAND Corporation」◆(2013/04/17) Radical Muslims will be suspects in #Boston, but there are many other possibilities, says @BrianMJenkins
「RT」◆(2013/04/17) Boston explosives made of pressure cookers with metal, ball bearings
「Strategy Page」◆(2013/04/22) COUNTER-TERRORISM: Islamic Bigotry And The Road To Ruin
「Strategy Page」◆(2013/04/23) COUNTER-TERRORISM: U.S. Declares Islamic Terrorism Is Not Islamic
「Strategy Page」◆(2013/04/25) COUNTER-TERRORISM: Why No One Took Credit For Boston
「Strategy Page」◆(2013/04/26) COUNTER-TERRORISM: Arab Spring And The Major Fail
「Strategy Page」◆(2013/04/26) RUSSIA: Sharing Some History With Boston
「Time」◆(2013/04/17) A message worth sharing: How a Mr. Rogers quote spread following the Boston attacks
「Togetter」◆(2013/04/20) ボストンでの爆破容疑者捜索中,全ての店舗に閉店の命令が出されていたが,ダンキンドーナツだけは警察の要請で開いていた
「VOR」◆(2013/04/20) ボストン爆破テロ事件 チェチェンの痕跡
「VOR」◆(2013/04/20) ボストン・マラソン爆破テロ事件 容疑者を拘束
「VOR」◆(2013/04/20) 露米首脳,電話会談:テロ対策で協力を拡大させる
「VOR」◆(2013/04/21) FBI ツァルナエフ兄弟に教育を施したテロリストらを捜索
「VOR」◆(2013/04/21) ボストン爆弾テロ事件:たくさんの疑問が残る
「VOR」◆(2013/04/22) ボストン・テロ事件容疑者 意識回復 捜査官の質問に答える
「VOR」◆(2013/04/27) 米特務機関「ツァルナエフの友人はカザフスタンの学生だった」
「VOR」◆(2013/04/28) ロシア ツァルナエフでCIAに不満 それがどのようなことになったのか
「VOR」◆(2013/04/30) ツァルナエフ兄弟の家族 米国当局から10万ドルもの手当を受給
「Wired.JP」◆(2013/04/25) ボストン事件とTwitter:「デマッター」化を防ぐには
「WP」◆(2013/04/16) Bombs at Boston Marathon show not every attack will be prevented
「WSJ」◆(2013/04/17) At Boston Marathon finish line, joy turned to panic: one runner's story
「WSJ」◆(2013/05/23) Man connected to Boston bomber Tamerlan Tsarnaev shot and killed by FBI agent during questioning.
「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/04/22) ボストンマラソン・テロで表面化した中国高級幹部子女のアメリカ留学の問題
「ダイヤモンド・オンライン」◆(2013/04/22) ボストン爆弾事件で米国土安保省は赤っ恥 アメリカ社会は再び対テロモードに逆戻りか ――ジャーナリスト・仲野博文
「ダイヤモンド・オンライン」◆(2013/08/23) 【脅えるアメリカ社会 ボストンマラソン爆弾事件の衝撃】恐怖心と不安からデマが拡散し混乱に拍車 事件後のメディアを巡る狂乱は“脅え”の象徴
「中東の窓」◆(2013/04/16) ボストンテロ事件
「中東の窓」◆(2013/04/20) ボストンテロ事件
「中東の窓」◆(2013/04/21) ボストンテロとコーカサス抵抗運動
「中東の窓」◆(2013/04/21) ボストンテロとシリア
「まとめたニュース」◆(2013/05/25) ボストンテロ容疑者を逮捕した2人のFBI職員,訓練中に死亡
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/16) ボストン爆弾テロ 犯人はイスラム過激派?
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/16) ボストン爆弾テロの犯人像
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/16) ボストン爆弾テロ,犯人は極右かぶれか?
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/18) ボストン・テロ やはり国内極右の少人数グループか
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/20) ダゲスタン=チェチェン訪問でジハーディストに?
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/19) (速報)テロ犯はチェチェン出身の兄弟
「ワールド&インテリジェンス」◆(2013/04/19) テロ問題の本丸は「異常者テロ」

 【関連動画】
Video Moment of Boston Marathon explosion - YouTube
RAW FOOTAGE: Terrorism Strikes Boston Marathon As Bombs Explode 2013 - YouTube

【ぐんじさんぎょう】, 2013/04/17 19:40
を加筆改修


 【質問】
 ウォータータウン銃撃戦とは?

 【回答】
 2013.4.19未明,米マサチューセッツ州ボストン近郊のウォータータウンにて発生した,2人組の男と警察との銃撃戦.[1]
 警察によると,2人組のうち1人は撃たれて死亡し,もう1人は逃走した.[1]
 また,警官1人も撃たれ重傷.[2]

 FBIによると逃走したのは,公開画像で「容疑者2」とされていた男で,同州ケンブリッジ在住のジョハル・ツァルナエフ(19).[1]
 警察によればこの2人は,ボストン・マラソン爆破テロ事件に関し,連邦捜査局(FBI)が容疑者として画像を公開した2人と同一人物だとされている.[1]
 州警察によると,ジョハルは,連邦捜査局(FBI)が18日に防犯カメラ映像などを公開した爆弾テロの容疑者2人のうち,2発目の爆弾を置いたとみられる白い帽子の容疑者と顔の特徴が酷似している.[2]

 AP通信によると,死亡したのはジョハルの兄,タメルラン・ツァルナエフ(26)で,「容疑者1」とされていた.[1]
 彼は拘束されたが,搬送先の病院で死亡した.[2]

 警察当局は銃撃戦の場所から,約1キロ・メートル西方の住宅街一帯を封鎖し,ジョハルを捜索.[4]
 ジョハルは19日夜(日本時間20日午前),ボストン西郊ウォータータウンの住宅街に潜伏していたところを逮捕された.[4]
 ボストン市警によると,容疑者はウォータータウンの家屋裏庭に置いてあるボートの中に潜んでいた.[4][5]
 このボートの中をのぞいた住人が,血まみれの男性が中にいるのに気づき,通報.[6]
 警察官が取り囲んだところ,銃撃戦になった.[6]
 その後,警察官が投降するよう説得を行ったが,ジョハルは応じず,突入して身柄を確保した.[6]
 ジョハルは出血がひどく,重体.[4][6]

 病院関係者によれば,ジョハルは病院に運ばれた際,かなり興奮していて,
「くたばれアメリカ,くたばれアメリカ人」
と,何度も大声で叫んでいたという.[7]
 そのため医師が鎮静剤を注射し,落ち着かせた.[7]

 2人は18日夜,ボストン近郊のコンビニ店で強盗事件を起こし,地元警察が店内の防犯カメラから,逃走中の男の写真を入手した.[2]

 2人はその後,ボストン近郊のマサチューセッツ工科大(MIT)の構内で,男性警備員を射殺,車を奪って逃走し,MITの西約6・5キロ・メートルにあるウォータータウンの住宅街で警官隊と銃撃戦になった.[2][3]
 2人は車から,複数の爆発物を投げつけもしたという.[2][3]

 【参考ページ】
[1]テロ容疑者1人死亡1人逃走 米ボストン近郊で銃撃戦(朝日新聞デジタル)19日 - 17時32分
[2]テロ容疑者死亡1人逃走…チェチェン出身兄弟か(読売新聞)19日 - 18時1分
[3]MIT銃撃の容疑者2人は爆弾テロの容疑者(日本テレビ系(NNN))19日 - 21時46分
[4]住宅街潜伏のテロ容疑者を逮捕…銃撃受け重体(読売新聞)20日 - 10時3分
[5]米警察,ボストン爆破容疑者の身柄確保 ボート内に潜伏(朝日新聞デジタル)20日 - 10時8分
[6]爆弾テロ容疑者 銃撃戦の末,身柄拘束(日本テレビ系(NNN)
[7]「くたばれアメリカ」と叫び…爆弾テロで新事実(テレビ朝日系(ANN))23日 - 12時35分

 【関連動画】
http://www.youtube.com/watch?v=VFf-2VpqZWo
http://www.youtube.com/watch?v=Bf2vaRBIrdw
http://www.youtube.com/watch?v=F9qjcc4b9tc

【ぐんじさんぎょう】,2013/04/23 19:50
を加筆改修


 【質問】
 ボストン・マラソン爆破事件の犯人は,どのような人物だったのか?

 【回答】
 犯人2人は兄弟で,兄の名をタメルラン・ツァルナエフ Tamerlan Tsarnaev(26),弟の名をジョハル・ツァルナエフ Dzhokhar Tsarnaev(19)という.
 CNNテレビによると,彼らはチェチェン共和国出身.[1][2]
 ツァルナエフ一家は,両親と彼ら兄弟,2人の姉妹の6人家族だった.[7]
 年少の時,いったんカザフスタンへ移ったが,2000年代初期に両親らと一緒に観光客として渡米.[2]
 米政府当局者によると,一家はその後,亡命を申請した.[2]
 弟は2012年に米市民権を得たという.[2]
 兄弟は別々に訪米し,後で合流したとの情報もある.[2]
 その情報によれば,02年にジョハルと両親が渡米し,タメルランも04年に米国に移住した.[7]

 一方,CBSテレビは,ツァルナエフ兄弟はクルグズスタン(キルギス)出身のチェチェン人だと報じている.[4]
 兄弟はその後,一家でロシア南部・ダゲスタン共和国に避難民として移住し,トルコなどを経てアメリカに渡ったとみられるという.[4]

 捜査当局などによると,タメルランはボクシングに打ち込み[2][5],ニューイングランド地方の代表として大会に参加した過去もある.[2]
 技師を目指して大学に通い[1],また,オリンピック代表も目指していた.[2]
 彼の知人のウェブサイトによると,彼はボクシングの米国代表になる夢を持っていたという.[5]

 しかし米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によると,その後,背中を痛めて五輪出場の夢を断念.[8]
 通っていた大学も,学費が払えず退学したという.[8]

 ジョハルは人気俳優のベン・アフレックやマット・デイモンが卒業した高校を卒業.[2]
 市の奨学金も得ていた.[2][5]
 レスリングの選手で月間の最優秀選手に選ばれたこともある.[2]

 友人や知人は,兄弟が今回の犯行を起こしたことを信じられないでいる.[2]
 2人は楽しく,友好的な,物静かな人間だったと評した.[2]
 米CBSテレビが,友人女性の話として報じたところによると,タメルランは2007年頃までは社交的で,クラブ通いを好み酒も飲んだが,08〜09年頃,イスラム教に傾倒していったという.[8]
 また,タメルランのおばによると,彼は数年前から,より敬虔(けいけん)になり,1日に5回祈りを捧げるようになったという.[2]
 自分自身を「非常に宗教的」と語り,酒もたばこもやらなかった.[5]
 捜査当局は,タメルランがインターネット上に,イスラームの教えに関する映像を複数流していたことを把握している.[3]
 恋人に対しても,改宗するよう要求したことがあったという.[4]

 しかし母親によると,彼が聖戦など過激なことを口にするようなことはなかったという.[2]
 母親に隠し事をするような息子ではなく,仮に不適切な行動に関与していたら気付いていたはずと主張した.[2]
 その上で,FBIが彼の身辺をかぎまわっていたことに触れ,息子の行動を支配していたと非難をにじませた.[2]
 ロシアのメディアに対し,彼に対するFBIの情報収集などは3〜5年続いていたとも語った.[2]

 100人程度とされる在米チェチェン人の代表格で,チェチェン紛争時に亡命した著名外科医ハッサン・バイエフは,ツァルナエフ一家と交流があるが,ロシアの独立系インターネットテレビの電話取材に対し,
「両親は全く宗教的な人間ではなかった.
 兄弟のことも覚えているが,振る舞いに変わった点はなかった」
と語っている.[6]

 他方,タメルランは知り合いのカメラマンのウェブサイトで,
「アメリカ人の友人が一人もいない.彼らのことが理解できない」
などと心境を明かしていた.[1]

 また,米紙ボストン・グローブによると,タメルランの名で2012年作られた動画サイトのアカウントは,イスラーム過激思想に通じる内容のビデオや,銃を持つ戦闘服姿の人物を紹介する映像などを掲載したという.[8]
 タメルランは2012年8月に動画投稿サイト「ユーチューブ(YouTube)」に自分の名前でページを作成しているが,「テロリズム」というコーナーの中に,イスラーム(過激)主義者のビデオを集めていた.[11]
 米民間情報機関のSITEインテリジェンス・グループ(SITE Intelligence Group)によれば,その中にはオーストラリアのイスラーム過激原理主義指導者フェイズ・ムハマド(Feiz Muhammad)師のビデオへのリンクや「テロリスト」と名付けた再生リストも含まれていた.[11]
 挫折を重ね,宗教への帰依を強めていった可能性もある,と読売新聞は指摘している.[8]

 さらに,英BBC放送(ロシア語電子版)は21日,ツァルナエフ兄弟の親族の話として,タメルランが米国でイスラームの過激思想に傾倒していた可能性があると伝えた.[10]
 BBCは,タメルランが2012年に訪問したダゲスタン共和国の親族にインタビュー.[10]
 おばは,タメルランとおじの会話の内容から,彼がイスラームで最も厳格なワッハーブ派を信奉するようになったことに気付いたという.[10]
 ツァルナエフ家で1人だけのことで,際立っていたという.[10]
 ワッハーブ派は過激主義やテロに結びつきやすいことから,ダゲスタンでは禁止されている.[10]

 さらにまた,タメルランが通っていたイスラム寺院の幹部によれば,タメルランが過激な思想を唱えるようになり,2013年1月には,講話をしていた人に「偽善者だ」などと叫んで,礼拝を妨害したという.[13][15]
「1人がキング牧師について講話をすると,タメルラン容疑者が立ち上がって,講話に反対する声を上げた」
と,同寺院の理事は述べた.[13][15]
「金曜礼拝の最中に声を出すのはエチケットに反する行為ですから,誰かに挨拶されても,それに答えることさえだめなのです」(同理事)[15]

 AP通信によれば,ジョハルも自身の交流サイトに,宗教を「イスラム教」,「チェチェン語を話す」と掲載.[4]
 チェチェンの独立を求めるイスラーム過激派に敬意を表する内容も記していたという.[4]
 彼はツイッター(Twitter)と,フェイスブックに似たロシア版交流サイト「フコンタクテ(Vkontakte)」のユーザーで,プロフィールに自分の世界観は「イスラム」だと書き,チェチェンやイスラム関連の情報リストを作成していた.[11]
 カフカス地方におけるイスラム教徒への不当な扱いを皮肉ったジョークもあった.[11]

 「2人の変化には,家庭の崩壊が影響した可能性も否定できない」と指摘するのは時事通信である.[9]
 両親は近年離婚し,父親は約2011年,ロシア・ダゲスタン共和国に移住した.[9]
 母親は2012年,ボストン近郊での万引き容疑で逮捕されたという.[9]

 米シンクタンクなどの専門家たちは,兄弟はチェチェン問題によって過激化したというよりも,インターネットを通じて煽られていった感が強いと見ている.[11]
 米ランド研究所(RAND Corporation)国際安全保障防衛政策センター(International Security and Defense Policy Center)のセス・ジョーンズ(Seth Jones)は,
「チェチェン問題はそれほど関係ない.
 チェチェンで過激化したわけでも,訓練キャンプにいたわけでもなく,それよりもソーシャルメディアを通じて過激化したのではないか」
と,ジョハルが拘束される前の時点で語っている.[11]
 北カフカス地方に詳しい専門家で,カーネギー国際平和財団(Carnegie Endowment for International Peace)のバイラム・バルジ(Bayram Balci)は,幼少時代に故郷などから追われると,後年,思想が過激化しやすくなると指摘している.[11]

 2011年,FBIは兄のタメルラン・ツァルナエフを聴取し,また,渡航歴やインターネットへの投稿の有無などを調べた.[2]
 聴取は,彼と過激派とのつながりを疑う外国政府の要請で実施されたが,結果的にテロ組織との関係を疑わせるような事実はなく,その旨を外国政府に説明.[2]
 外国政府はその後,再度の聴取実施などの要請をしなかったという.[2]
 兄弟の父親はロシアの国営メディアに対し,FBIは過去に2〜3度,兄弟に接触し,ロシアのチェチェン共和国出身の事実や迷惑行為を受けていないかなどの質問をしたことがあると明かした.[2]

 ABCテレビは,タメルランが2012年,ダゲスタン共和国に約半年間滞在し,その事実に当局が関心を寄せていると伝えている.[7]

 ボストン郊外の閑静な住宅街にあるタルメランのアパート近くに住むデイナ・マスターポロ(28)によると,タルメランは1,2年前からあごひげをはやし,イスラム教徒が着る丈の長い服などを着用するようになった.[12]
 ところが,1か月前ほどに「100%,イスラム教徒と分かる格好」から,欧米の若者風の服装になり,あごひげもそったという.[12]
 マスターポロは「犯行時に目立たないように,服装を変えたのではないか」と語っている.[12]

 ABCテレビによると,ジョハルは計画立案や爆弾の製造,銃の扱いなどをすべてインターネットから学び,外国政府や非合法勢力からの指示や資金援助はないと供述しているという.[14]

 【参考ページ】
[1]テロ容疑者死亡1人逃走…チェチェン出身兄弟か(読売新聞)19日 - 18時1分
[2]ボストン爆弾テロ犯,FBIが過去に聴取 過激派との接触なし(CNN.co.jp)20日 - 14時31分
[3]爆弾テロの容疑者兄,FBIが過去に取り調べ(TBS系(JNN))20日 - 18時11分
[4]爆弾テロ,容疑者兄弟はチェチェン民族(TBS系(JNN))20日 - 18時11分
[5]ブランドとボクシング…テロ容疑の兄弟に何が?(読売新聞)20日 - 19時7分
[6]「過激でない」「医師志望」=周辺にも見えぬ心の闇―テロ容疑者兄弟(時事通信)20日 - 21時37分
[7]ボストン爆弾テロ 逃走の容疑者拘束,兄は2年前に聴取(産経新聞)21日 - 7時55分
[8]米に抱いた夢挫折…死亡の兄はイスラム教に傾倒(読売新聞)21日 - 8時56分
[9]米当局,共犯者捜査に全力…黙秘権認めない方針(読売新聞)21日 - 9時14分
[10]イスラム過激思想に傾倒か=容疑者兄が米国で―親族証言(時事通信)22日 - 7時25分
[11]ネットを通じて過激化か,ボストン爆発事件容疑者の兄弟(AFP=時事)22日 - 17時28分
[12]米爆弾テロ前,あごひげ剃り服装一変した容疑者(読売新聞)22日 - 20時
[13]ボストン爆弾テロ,犯行の詳細明らかに(TBS系(JNN))23日 - 14時5分
[14]兄弟以外関与せずと供述=爆弾製造ネットで学ぶ? ―慎重に捜査・ボストン爆弾テロ(時事通信)23日 - 18時13分
[15]爆弾テロ容疑者の兄,過激思想唱え礼拝を妨害(TBS系(JNN))23日 - 18時56分

タメルラン・ツァルナエフ
(こちらより引用)

ジョハル・ツァルナエフ
(こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】, 2013/04/28 20:10
を加筆改修


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